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価値観について

2014年06月27日 22:27

今までに2回ほど価値観について書いています。
5月19日のそれぞれの価値観と、6月13日のそれぞれの価値観2
この時はミッコロの事例をさらっと書いているだけで、説明はほとんど書いていませんでしたが、毎日の生活の中で、本当に大事だなって思います。

例えば1、年中の☆ちゃんと★ちゃんが外で遊んでいます。ある所で☆ちゃんが★ちゃんに対して、「もう5歳なのに、これ出来んとー(出来ないのー?)」と言う。

この場合、☆ちゃんは出来る事に価値を置いている。(とても多いですね)5歳ではその行為が出来るのが当たり前と思っている。


例2、◎ちゃんがお母さんに甘えておんぶしてもらっている姿を見て、同じ年中の○君が「赤ちゃんみた~い」と言う。

この場合、○君は甘える行為や自分が出来る事を手伝ってもらっている行為=赤ちゃんと認識している。それに加えて、それが良い事ではない、という価値観がある。もしかすると自分もそうやって素直に甘えんけど、出来ないからうらやましいっていう気持ちもあるかもしれません。

こういう価値観は毎日の生活の中で作り上げられるものなので、家庭または外の環境でそうなっているということになります。

そこに、
自分が思った事を相手にそのまま言ってしまうか、それとも心の中だけで止めて相手に言わないか、ここの差はとても大きく重要だなと感じます。
制御する力があるかどうか。育っているかどうか。相手の気持ちまで考えられるか。中々大人でも難しいことだと思います。

制御する力はとても大事で必要なんですが、今回はテーマが違うので価値観の話しに戻します。

では、なぜそんなに価値観が大事なのか?

言葉の遣い方と連動している部分がありますが、自分オリジナルの価値観を持つことが大切。
それを持っていないと周りに流されやすくなるし、人生を楽しむという点ではやはり劣ってしまう。

例えば学校で周り(同級生や上級生)が汚い言葉を使っていたとしましす。親がそんな汚い(悪い)言葉を使っていなくても、どうしてもいつも聞いている言葉で荒い方へ感化されやすく、その言葉を使ってしまいやすくなります。

そこで自分オリジナルな価値観→この場合で言えば「汚い言葉は良くないから使わない」ということになると思います。
そしてそれと同時に、周りは周り、他人は他人という考え(価値観)を持っていないと、他の所でもそっちの方へ引っ張られてしまいます。

特に現在は誘惑が多いです。
ゲームでもそうです。どんぐり問題に真剣に取り組んでいる家庭(もちろんそれ以外の家庭でも)では、ゲーム機がないか、あっても時間を規制していると思います。
その場合、○○君はゲーム機持っているのにうちでは持っていない、と思ってしまう可能性は高いと思います。
そこでも大事になってくるのがやはり自分オリジナルな価値観。そして人は人、自分は自分、またはうちの家庭はうちという価値観が必要になってくる。

それに勉強でも運動でも、自分が出来て、他の子が出来なかった場合、この価値観がないと出来ない子を批判してしまったり、見下してしまう可能性もある。
(出来ることに価値を置いている場合)
その逆でお友達が出来て自分が出来ない場合は劣等感をもったり、やる気をなくしたり・・・。

☆ちゃんと★ちゃんのやり取りでも出てきた、この「出来ることに価値を置いているか」ということも重要になってきます。

特に学校と呼ばれる所は、嫌でも出来ることに価値があるように教育してしまいます。点数主義で間違いを大事にしない。
そうなってくると余計に家庭での価値観が重要になる。本来家庭は社会(学校)では出来ないことを教育する所になります。

学校で出来ることに価値を置くようにされているのだから、家ではそれを戻すようにしなくてはならない。
だけど、家庭でも出来ることに価値を置いていることが多いなと感じます。
オムツが取れた、字をかけるようになった、自転車が乗れるようになったなど・・・。あげたらきりがないです。
以前は出来なかった事が出来るようになる。これは確かにとても嬉しいことです。
でも外(学校など)で「出来ることが良いこと」という価値観が結構強力についてしまうので、家庭では親が意識してそこを戻さないといけないなぁってとても感じます。

そして人生を楽しむ点でも重要になってくるなと思います。

出来ることに価値を置くと、出来ない問題、出来ない出来事に出くわした時に一気に楽しめなくなります。

人生=過程そのもの

生きていくうえで、その間にちいさな結果はいつも出ていますが、基本的に過程そのもの。
先がわからないまま(多少予想はできますが)歩んでいることになります。

つまり大きい結果がわからなくても
(先が見えなくても)歩まないといけないのが人生。ということは、過程そのものを楽しむことが出来る人=人生を楽しむことが出来る人ということになる。

これどんぐり倶楽部での最終目的だよね。だからこそ、わざとどんぐり問題という算数で結果が出る教材になっているんだと思います。
「答え」という目に見える結果が最終的に出る=普段の生活と一緒。毎日小さな結果がでる。
間違っていても、正解していても楽しめこと=人生を楽しめる準備となります。(もちろんそれ以外の意味は多数ですが)

この人生を楽しめるようにするために

「何に価値を置くようにするのが良いのか?」と考えると同時に「何に価値をおかないようにするのか?」が大切だと思います。そしてそこに、「価値観は人それぞれ違うという価値観」を持つことが出来るように教育することはとても大切だと感じています。

それが人を差別したり、色眼鏡で見ないことにも繋がって行くと信じています

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love1557

Author:love1557
2006年5月:どんぐり倶楽部を知りそれから子育て方針学習方法ともどんぐり式へ

1998年生まれ:ラン
2009年生まれ:ミッコロ

当時小2のランは19歳。ミッコロは年中からどんぐり問題を開始し小2。

現在個別メール相談1案件:5000円で承っています。

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